ところが、全日空のマイレージについて、だんだんよくわからないことが起こってきた。
その一つ。ある日、たぶん飛行機に対しては私ほどのこだわりは持っていない同僚が、マイレージの話をしていた。彼はたまったマイレージで国内のどこかへ行く航空券を手に入れるつもりだと言う。それで出張旅費をちょろまかすようなことも言っている。
私はそれを聞いて、ものすごく混乱した。マイレージをためて、オリジナルの記念品がもらえるのはわかる。でも、航空券に変えられるというのでは、換金性があるのと同じに感じられる。なんでそんなことができることになったのだろう?
そう言えば、何かをもらうと、マイレージが減るというのも、「マイレージ」という言葉、概念に合わないような気がした。
また、ある元売のガソリンスタンドでガソリンを入れたり、ある小売店を利用したりしてもマイレージがたまるということもわかった。全日空で飛んでいないのに、全日空の「マイレージ」がたまるというのが、これまた全く理解できなかった。
その頃にはクレジットカード付きのANAカードにしていたのだけれど、あるときそのカードでガソリンを入れて、本当にマイレージがたまってしまったので、人知れず私は傷ついた。
それから、ANAカードを使って航空券を購入すると、マイレージは自動的に登録されるようになった。これはこれで便利で、マイレージの登録漏れもなくなるのでよかったと思った。でも、世の中にはカードで航空券を買って金券ショップで売ってしまう人もいる。搭乗直前に登録するのに比べて厳密性がなくなり、「乗った」ことに対するマイレージではなく、「買った」ことに対するマイレージへと、ニュアンスが変わった。
そして、スターアライアンス。ある年、米国に出張するときにユナイテッド航空を使った。同行の人が、「全日空のマイレージがたまりますよ」と教えてくれて、「?」と思いながらついつい登録してしまった私。自分のお金で買った航空券でもない(それは国内の出張も同じなんですが)、乗るのが全日空でもないのに、私の全日空のマイレージがたまるというのが、何とも不思議だった。
私の子供のころからの全日空の思い出と、ユナイテッド航空は、なんのかかわり合いもない。関係がありそうな雰囲気もない。全日空の心意気(というものがあると、当時の私は信じていた)を、ユナイテッド航空が共有しているとも思えなかった。実際に乗ってその意を強くしたのだけれども(たとえば、米国の航空会社は、国内線で過密ダイヤを作っておいて、当日お客が少ない便は欠航させて次の便と合併させてしまうということをよくやる。お国柄とは言え、そういう会社と全日空とが同じブランドを戴くのは納得がいかない)、莫大なマイレージは確かにたまってしまった。
ごめんね全日空。
心の中でつぶやいた。想いや思い出よりも、マイレージを取ってしまったことを恥じた。
ところが、実はこれが破局の伏線だった。
マイレージは、ついにあのクロノグラフをもらえるまでにたまった。そこで、わくわくしながら、それを送ってもらえるように申込書を書いて送った。
ほどなく、それは配達されてきた。遂に! パイロットも使うような仕様の腕時計がもらえたんだ。そう思うと、本当におどり出すほどにうれしかった(いい大人なんですが)。
包みからは、果たして重厚で頑丈そうな腕時計が現れた。さっそくサイズを合わせてはめようと説明書を読んだ。
それで、思わず泣きそうになった。
説明書には、その時計のムーブメントは中国製であると書いてあった。China製の時計? 良いとか悪いとかでなく、Chinaで時計のムーブメントが作られているということ自体が新しい知識だった。それは受け容れるしかない。China製即粗悪とも思わない。でも、China製の時計が特に優秀であるという常識もない。どう考えても日本を含む西側諸国のパイロットがChina製の時計を見ながら飛行機を飛ばしているとは思えなかった。彼らがマイレージをたくさんためた人に、心臓部がChina製の時計を送るには、なにか説明が必要なはずだ。しかし、それはなかった。
「パイロットでもないあなた。ただマイレージだけ欲しかったあなたには、これで十分」
そう言われている気がした。耳に聞こえてくるほどに。
踏んづけられるような思いだった。頭に来て、そして猛烈にしらけた。何もかもがばかばかしくなった。そう。マイレージなんかためようとしたのが間違いだったのだ。
その日から、全日空が嫌いになりはじめた。
その後、ひょんなことから、全日空のあるキャプテン(機長)と知り合った。その人のことを詳しく書くわけにはいかないのだけれど、内田幹樹さんのエッセー集「機長からアナウンス」に、このキャプテンらしき人のことがほんの一言だけ触れられている(いや、全然関係ない人かもしれないけれど)。
いずれにせよ、このキャプテンも私と同じように空港のそばで生まれ、育ち、飛行機にあこがれながら大人になった。年が近く、その生い立ちだから、私はキャプテンにとても親近感を抱き、共感した。そして彼は、私と違ってきちんと努力をして、全日空のパイロットになった。私にとってはスターだ。本人にそんな気はさらさらなくとも、彼は私の代わりに、私にできないことをしてくれているのだ。尊敬し、屈託の伴わないうらやましさを感じた。
ところが、そのキャプテンはある出来事から会社に対してわだかまりを抱えていた。そのエピソードを聞いて、私も悲しさと悔しさでいっぱいになった。
それで、私はそのキャプテンを応援しながら、でも、もう全日空ファンでいるわけにはいかなくなった。はっきりと、全日空が嫌いになった。
気が付けば、尾翼からくるくるマークが消えていた。もう、全日空はあのころの全日空ではないんだと感じた。上等さ。もう未練もない。
それ以来、国内出張には不便な日本航空を無理をしてでも使うようになった。もちろん、ANAカードは返却した。持っているのも不愉快だった。